そいつが俺の(たったひとつの冴えた)やり方。 被ブックマーク件数

Posted by: すが まさひと   
1 月 11th,
2008

 id:michiaki版を引用しつつ話の枕に。
(style指定のboldをstrongタグへ置換しています)

  • 原則:世界には「できること」と「できないこと」がある
    • この2つ以外は存在しない
    • 「できないこと」には、「何も使わずに宙に浮く」「未来を覗き見る」「壊れたものを元に戻す」などがある
    • 要するに、「できないこと」とは、物理的にできないことである
    • 「できないこと」以外の全ては、「できること」である
    • 「やっていいこと」と「やってはいけないこと」は、両方とも「できること」に含まれる
    • 「やりたいこと」も「やるべきこと」も、(物理的に可能である限り)「できること」である
  • この原則に基づき、各種の判断則が帰結する
    • 例:人が何を考えているかを本当に知ることは「できないこと」である。それ故に、目に見えるものから判断するほかはない。
      • 従って、命の重さは平等ではない(救われる命と顧みられない命の両方が現に存在することから)。
      • 従って、人は見た目である
      • 従って、「為された偽善」は「為されない善」に優る

 これの全文はid:michiakiの方で。

 ……で、俺の場合の「俺の原理」を考えてみると、何となく「相互に矛盾する二つの態度を、何処まで抱え続けていけるか」というあたりにある気がする、という話です。平易に云うと「でも/だから、やる」。
 今回は「俺は正しい。そして俺は間違っている」という話。(次があるかは知らん)

「俺は正しい」について。
 簡単です。「諸所の事情──それはつまり『俺が認識しあるいは認識することが可能なあらゆる事情』──を総合的に判断した結論が『そう』であるならば、その結論を俺が否定することは原理的にありえない」ということです。

 ちょっと説明します。
「十分な知識・感心を持ち、自他共に認める」というようなジャンル・話題であるならば、それは外から見ても判りやすいでしょうね。
 では大して知識の無い分野であったら? ……それはこのように翻訳してください、「俺の持っているA、B、Cという前提・知識を前提とすれば『そう』だ」ということです。
 では知らない知識があったら? あるいは知識に間違いがあったら?
 そん時は「ごめんなさい」です。ダメな条件に基づいたダメな考えは、ダメだと判った瞬間にゴミ箱ポイです。そして改めて(それまでよりも)ダメじゃない条件に基づいた「結論」を出せば良い。……OKですか? つまり、ダメだと認識した時点で廃棄される以上、その結論が俺にとって「結論」のポジションにあるということ自体が逆説的に正しさを担保する、ということです。
 更に。「時間が無い」「めんどくさい」「眠い」等で考えることを放棄しあるいは他者に丸投げしていたら?
 俺内では「考えることを放棄しあるいは他者に丸投げ」することが(そのときの俺の判断としては)正しい、となります。正確には「思考に割けるリソースが限界まで制限された中で可能な最適手」という感じか。少なくとも「リソースが限られた状況で捻り出した『結論』に固執し後々までしがみつく愚」を犯すより、「明確に思考停止しそのことに自覚的でいる」ことの方が「正しい」のです。

「俺は間違っている」について。
 ……「正しい」の方を先に説明したので判りやすいかと思いますが、結局のところそれは「俺」という制約の中での結論でしかありえず、次の瞬間にも全てひっくり返る可能性がある、ということです。もっと云うと、「次の瞬間にも全てひっくり返る可能性がある」にも関わらず、俺が事前にそれを認識することは不可能である、ということです。(事前に認識したら前述のように「結論」の方が変わる)
そして「俺が正しいと考えていることは次の瞬間にもひっくり返る可能性がある」ということに自覚的でありながら、「このやり方」から離れることもまた出来ない、ということです。なんという八方塞がり……!

 ……これ、副次的には「別に正しいことに価値なんかないよねの話」にも繋がっていくのですが、今回は置いておきます。

 オチは特に無い。

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