■【仮説】朝日新聞が謝罪してはいけない理由。
事実誤認とか誤報とか、もっと云うと捏造とか、それらがバレて集中砲火を浴びてもなお「悪かったですごめんなさい」ってあまり云わない彼らの行動様式を「必然・合理的なもの」として読み下してみるよ、という話。
※ ↑朝日新聞という固有名を出していますが、オールドマスコミ(特にテレビと新聞)全般のつもりで書いてます。
・前段
彼らは「何」か、確認。
報道機関か、というと、否です。「コンテンツとして報道も持っている」けど、彼らは「テレビ局」であり「新聞社」で、もっとぶっちゃけると「テレビ屋」であり「新聞屋」だ、と。つまり「需要のあるコンテンツ」を作成し「高い需要に応える≒高い影響力を示す」ことで資金を回収する道を作るビジネス、という理解です。
ここ──「需要」が根底にあること──、基本だけど重要です。
・本題
1 彼らは需要に応えている
Q どんな?
A 「自分で判断するのはコストがかかりすぎるので即乗っかれる結論を提示してくれ」、という需要。
はてなブックマーク的にはこれとかこれとか参照。ズブズブのネット原住民やってると忘れそうになりますが、この需要は(ネット原住民の想像を軽く凌駕する程度には)多いです。(ニュースサイトにサイトが紹介されたときとニュース番組にサイトが紹介されたときの津波の大きさの違い、ですかね。実体験としては知らんけど。)
要求されているのは「正しい」「後々まで有効な」「一貫した」内容ではなくて、「結論として私が即座に採用することが可能な」内容だ、と。(VB的と云ったら判り易い? 「正しい」云々は付随する・そうであれば望ましいことではあるけれど重要度は一段下がっている、という理解。)
であれば、
2 それがバレたので間違いを認め謝罪する
Q どうなる?
A 顧客(視聴者)の期待を裏切ることになる。
ここで云う「顧客の期待」は、「正しい情報を提示してくれるだろう」という期待ではなくて、「乗っかってOKな結論を提示してくれるだろう」という期待。「誤報を認め撤回し謝罪する」と、既にその誤報に乗っかっている人(≒自社贔屓の顧客)にとっては梯子を外されたようなものであり、著しく不安定な状態になることは想像に難くない。自社ユーザに著しく不愉快な思いをさせる行為は企業倫理に照らして望ましくありません。さっきの需要のところの裏返しになりますが、「提示した情報が誤報・捏造である」ということは二次的なもので、「それでも謝罪しない」ことで、少なくとも内向きの対面は保たれる訳です。問題もあったけどゴニョゴニョゴニョつーて時間が経って風化するのを待つというのは、この意味で一応は合理的。
勿論スコープを「自社とその視聴者」から広げた瞬間にこの理屈は不十分になるけど、多分彼らはそんな広いスコープを気にしていない。(スコープの外には自分の影響が及ばない=金にならないから。)
3 ごめんなさいって云わせたい
Q どうすれば?
A 今のやり方が割に合わなくなったらやり方を変えるし、そうでなければ今のやり方が続くのでは。つまり「1」の需要がある限り、彼らは彼らの正義として最後の最後まで謝罪することを避けようとするし、それはそれで一つの見解ではあろう、と。(盗人猛々しいを地でいく個人的には全く感心しない態度ですけど、それで回る世界があるならそれはそれで良いんじゃね、と。)
……てことは要するに、彼らのやり方が変わるということは基本的にない(ただ、対抗馬が増えることで相対的な影響力が結果的に低下するということはあり得る)、ということなのかと思うがどうだろう?(最後それか。)


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