……例によって後半グダグダかもだ。

 あらかじめ断っておくと、どんどん脱線します。最終的に彼岸の彼方まで思考がすっ飛んでいきます。最後までついていこうとすると体力使うかも、です。(本ではなくこのエントリが、です)


 ええと、科学哲学の本です。科学哲学というのは「科学とは何か」とか考える分野です、……よね?
「科学的に正しい説」とは「その時点において最も反論されていない仮説」である、ということを知らなかったり納得できなかったりする人は読まねばならない(must)と思います。

 でも「科学哲学」というジャンルではなくて、哲学の本として、俺は読んだくさいです。(それがドツボの始まりなんですけど!)

 例えば。
 本書1章で、プトレマイオスの天動説とコペルニクスの地動説に触れています。大雑把には「当時正しかった前者に対して異議を唱えた後者は当時は激しく批判された。また、後者の主張そのものも今日の視点からは明らかな誤りを指摘することが出来る」といった内容。
 それが示唆することは何か。(4章の章題「仮説と真理は切ない関係」が直球です)

「科学的に正しい」とは「次の瞬間にひっくり返される可能性を受け入れること」なので、「真理に辿り着いた」と云った瞬間にそれは科学ではなくなってしまう。
 云い方を変えると、科学的な手法は「真理に到達できないことが約束されている」。また「真理であるかのように振舞うこと」のみが許されている(でも「真理だ」と云うことは出来ない)、ということ。
 ということは、科学的な手法において可能なのは、「真理であるということにしておいて受け入れる/信じる」ということでしかない。受け入れる/信じるための根拠は、(直接には)ない。十分な状況証拠を積み重ねて、「これでもう十分だ」となったところで、(勝手に)受け入れる/信じるしかない。

 ……やめてくれよそーゆーの。泣いちゃう。


 そしてこの本は、「この本のタイトルは、なぜ『99.9%』なのでしょうか」という問いで結ばれます。回答(説明)等は提示されません。が/ので、俺の回答。

「我思う、故に我在り」、それが残りの0.1%。
 そこまでは退行しないとダメかなと。
 科学的な態度を採用する限りにおいて、「ある言説が(最終的に)正しいと示すこと」は誰にも出来ません。「○○だから正しい→何故?」と、事実上無限に問うことが可能です。そうやって延々退行していって踏みとどまったのが、(俺の場合は)「我在り」の一線だった、ということです。
 そしてここから「ともあれ俺は今ここに存在し、そう考えている。だから『俺が到達した結論』は正しいということにしておく」と進みます。進みますというか進まざるを得ません。
 現に正しいかどうかなんざ知りゃしませんが(というか多分間違っているのですが)、「最終的な意味での『正しさ』」なんて、(俺が俺に)期待してもしょうがない。
「間違っていることが確認できたら改める、間違っていることが確認できないのなら『間違っていることを念頭に置きつつそれでも信じる』、そういう態度で前へ進む」か、または「誤り、否定されることに恐怖して立ち尽くす」しかない。
 怖えぇよ、正直。
 目の前に崖下が見えないぐらいの断崖があって幅1メートルぐらいのボロい吊り橋が架かってて、吊り橋は霧の中に吸い込まれて消えて対岸は見えない、でも進むしかない、心理的にはそんなイメージ。
 進まなくても良いじゃん、てのは確かにある。どうでもいい話については、当事者で勝手にやってもらったら結果に黙って乗ってきますよ、そう思う。
 でも、面白いこととか楽しいこととか、「自分が関心を持っているそれ」については、俺の期待することは俺が表明するしかなない。何処かの誰かは決して俺を代弁してくれない。

 ……損な性分だなぁ、と。

 以前「目次読んだだけで既に泣きそう」って書いたのも、本の内容以前にこういうことがぶゎーっと連想されてしまったから、なのですよね。
 ちなみにあの、このテーマをガチで描くとThe world is mine、ユルく描くと機工魔術士になります。(大真面目です)


 以下おまけ。

 もっと云えば、科学というのは「手段」でしかないと。(当たり前だったか??)
 何の手段かというと「何かを信じるための手段」。
 お手軽に「何か」を信じられる人は、「目の前の人がそう云った」「目の前のWEBサイトにそう書いてある」というだけで信じることが出来るし、普通の人は「マスコミが報道したから」信じることが出来るし、疑り深くなってくると「読売は○○朝日は□□2chは△△」とやってから信じるし、行き着くところまで行くと「外部からもたらされた情報は、認識はするが信じない」と。科学(「科学的である」ということ)も、その一つのパターンでしかないんだと思います。

 後者の方がより良いのか、というとさてどうなんでしょうね。目の前のもの全部信じてそれが巧く回るんなら、それはそれで上等なんじゃねーのかなーとも思います。(段階が進むと戻れなくなるんだよね……)

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