俺の「フィクションへの期待」を押さえたところで「ラノベカス論」へ。
(未読の人は上記リンク先を読んでからどうぞ)
なお、「本題」は「結論」の後から始まりますので。
■話の枕
具体的にどれとは云いませんが「それなりに評判の良いライトノベル」を読んでみると、結構な確率で文章が酷いです。
(待て早まるな、「文章が下手だからダメだ」みたいな話では終わらないから)
それはつまりどういうことかというと、「ライトノベル読者は文章の良し悪しを気にしていない」という話であり──
(ここで「動物化するポストモダン」とか「データベース消費」とかそういう単語を想起されよ)(見てないのはド論外なので即読め)
──その点を無視して「従来の小説的な観点で」文章の良し悪しを批判しても意味がない、ということになります。
■結論
先に書いたとおり、俺はフィクションには「俺より凄い人の脳内風景」を期待しているところがあり、小説においてはそれは単に「ストーリー展開」「キャラクター描写」のみならず、「文章の手触り」(感覚的でサーセン)も欠くことのできない重要な要素だと考えています。(漫画でいうと構図とかコマ割に該当する箇所かな)
従って、それを「重要ではない」として削ぎ落としたものがあるならば、そんなものはカスであると断ぜざるを得ないわけです。論理構成は超シンプル。
■本題
云い方変えましょう。
俺は「それ単体で完結する凄いもの」を期待しているけれど、「作品パッケージとして受け取った後で要素にバラして再構成できるようなもの」を期待しているのがライトノベル読者であり、そこでは密結合は却って邪魔になる、という話です。
SIer的な表現をするとCaaS(Contents/Characters as a Service)って感じですがこれ通じる?
要素にバラすんだから持って回ったような表現は必要なく、変に凝った・難しい表現を使えば寧ろ理解の邪魔になる。
再構成は読者側で勝手にやるから作者側でやる必要は無く、前提知識を必要とするような云い回しやパロディは「読者にとって既知であるもののみ」は有効だけれどもあとはスルーされる。(元ネタを積極的に調べるような読み方は少なくとも「ライトノベル読者的」ではない)
読者(≒財布)がそのような消費の仕方をするのであれば、作る側がそれに最適化していくのは当然の話です。
■結論2
ライトノベルがカスであるとするならば、それはライトノベル読者の「読みの熱量」が低いからである。(但し、俺の姿勢を基準として)
■ライトノベルは否定されるべきものか?
それは断じて否です。
俺は「そんなもの」では満足できませんが、世界に俺しか居ない訳じゃない。そして、敷居は間違いなくライトノベルの方が低い。
上限は高くないし、ライトノベルで満足してる人を見ると「それはどうなの」と思いますが、それは「もっと凄いもの」を訴求させられない製作者サイドが受け止めるべき問題でありましょう。
(ここで云う敷居ってのは、単に内容だけではないです。時間/費用とか、エピソード/冊数(保存スペース)とか、ライトノベルは総合的に燃費が良い)(特に小学生ぐらいの「月の1000円が貴重」という感覚だと、「漫画をバカスカ買え」というのは厳しいはず)
内容面で俺が納得しないとしてもそれは俺の問題で、現に一大市場を形成している以上は否定しても意味がない。(全く無調査で適当なことを云ってみるけどいわゆる文芸系の小説とライトノベルとで売り上げ比較すると、ライトノベルの方が相当売れてるんでしょ? 売るために作ってるものが売れるのは全面的に正義です)
俺は積極的には手ぇ出しませんけど。
■余談
ラノベのキャラ絵って、宗教での「偶像崇拝禁止」の真逆をいってるよね。
普通の小説で「あの小説のあのキャラ」と云ってもビジュアルイメージは固定化されない。(それが、単一読者としては「より高次の消費」に耐えることになる)
それにキャラ絵が付くと、想像力は著しく制限される代わりにイメージが固定化≒共有化される。その結果、同人誌とか、要するに二次創作へのハードルが大いに下がる。(CaaSだよCaaSw)
小説が売れない時代に小説を売るための方策としては秀逸というほかないと思います。
(だから、ラノベの漫画化がどの程度需要があって/売れるのかはそれなりに興味深く見ています)
初めてコメントさせていただきます。
上記の「ラノベカス論」はライトノベルおよびライトノベル読者一般に関する論だと読めましたが、下地になっている「フィクションへの期待」はとど氏の個人的な嗜好のように思えました。
個人の嗜好を前提に一般論を展開するのは無理があると思いますが、そのあたり、どのようにお考えでしょうか。
コメントどうも。
> 上記の「ラノベカス論」はライトノベルおよびライトノベル読者一般に関する論だと読めましたが、
誤読。酷い誤読。
読みの自由さは尊重しますが
読解力の無さまでは面倒見る気はありません。
以下略。
読み直してみました。
これは「一般にライトノベルはCaaSである」という記事ではなく「「フィクションへの期待」で提示しているような楽しみかたをしている筆者にとっては、ライトノベル一般はCaaSである」という記事である、ということでしょうか。